大学生活最後の夏休み、私は地球の裏側にいた。と書くと格好良いが、あくまで食文化栄養学実習のためである。
実習のテーマは、ラテンアメリカの色だ。付け加えると、ラテンアメリカ特有の派手な色彩は食にも影響を与えているのか、
だったのだが、いろいろあってラテンアメリカの色に落ち着いた。
実習の集大成として、色を軸にしたラテンアメリカのガイドブックを作成すると決めていた私は、
ガイドブックに使用する写真は自分で撮りに行かねば!という使命感から、
旅行シーズン真っ盛りのお盆に日本を飛び立った。
真夏の東京からアメリカを経由して冬のブラジル・リオデジャネイロへ、およそ24時間のフライトだ。
半月のラテンアメリカ滞在で、4か国を訪れ、それぞれの国で非常に面白い体験をしたのたが、
ここでは、メインのグアテマラ滞在について書きたいと思う。
グアテマラ共和国は、中米に位置する小さな国で、コーヒーをよく飲む方は聞き覚えがあるかもしれない。
旅の最終目的地でもあるグアテマラへは、リオデジャネイロから10時間かけて一度アメリカへ戻り、
飛行機を乗り換え、2時間ほどで到着した。
グアテマラは、ラテンアメリカの国々の中でも、特に独特の色彩感覚を持っている国。 そう思っていた。しかし、グアテマラの空港に到着しても、タクシー乗り場から首都のグアテマラシティを見回しても、 旅の目的である色がまったくない。日本の空港となんら変わりなく、灰色の建物ばかりだ。 がっかりしながら、空港からタクシーに乗り込み、古都アンティグアを目指す。 タクシーの窓から町を見ても、特に変わったところはなく、ぐんぐん山を登っていく。 ふと、後部座席から前方に視線を移すと、ルームミラーに、 きらきら光る緑と赤のビーズで作られたグアテマラの国鳥ケツァールがぶらさがっていた。 ぶらぶら揺れるケツァールのキーホルダーが、グアテマラの色の第一号だった。
色については、言葉で説明するよりも、写真を見ていただいた方が早いと思うが、空港から、
タクシーに揺られること約1時間、標高1500mほどの高地にある古都アンティグアに一歩足を踏み入れた瞬間から、
正確にはタクシーの前輪が乗り入れた瞬間から、世界が変わった。
アンティグアとは、スペイン語で古いという意味だ。舗装された道路から、石畳のガタガタした道に変わる所がいわゆる県境。
ユネスコの世界遺産に登録されている町並みは、コロニアル調に統一され、二階建ても規制されている。
かつては首都だったこの町には、3度の大きな地震で崩壊した17、8世紀の教会や修道院の遺跡が多く残されている。
アメリカからのアクセスもよく、南米への入り口でもあるグアテマラ。
特に治安が良いアンティグアは、スペイン語学校が数多く存在し、物価も安いため、西洋人バックパッカーの聖地でもある。
カメラを首からぶら下げ、夜に女子大生が一人でうろついても、怖いことは何も起こらなかった。
そして、なんと言っても色。
隙間なく建っている家の黄色やオレンジの壁。
赤や青に塗られた車体にド派手な飾り文字が描かれた、グアテマラ名物チキンバス。
市場の新鮮な野菜や、着色料でできているかのような駄菓子。そこを行き交う鮮やかな民族衣装の人々。
グアテマラは、人口の半分がマヤの先住民である。
村ごとに民族衣装の色や模様が異なっており、着ているもので出身地が分かるそうだ。原色に原色を織り込んだ、
極彩色の民族衣装をまとった人々が集まる市場は、グアテマラレインボーとも形容される。
乾燥した高地の気候と赤道に近い環境も影響しているのか、どこを見ても、色、色、色。
原色の、生の、極彩色の。色に囲まれているというより、色に襲われているような感覚。まさしく色の洪水だった。
アンティグアは20分もあれば端から端まで歩けるような小さな町だ。
しかし、さすがはコーヒーの国というべきか、カフェの数が異様に多い。
もちろん、カフェやレストラン、ホテルの内装も見事で、四角い建物の壁には4面とも異なった色が塗られ、
そこにオーナーの好みの絵や布がところ狭しと飾ってある。
朝食は町の中央にある広場に面したカフェで食べることが多かった。
アンティグアは、観光客が多いため、朝食セットなるものがどこのカフェにもあり、オムレツやクレープ、
フルーツ、コーヒーなどのセットが安く食べられる。しかし、朝も昼も夜も、どんな食事にも必ず一緒に、
しかも大量についてきたものがある。それがこの国の主食で、グアテマラ人のソウルフード、トルティーヤだ。
とうもろこし粉から作られる生地を薄く焼いたパンのようなものだが、店によって味が異なる。
とうもろこし独特の甘みとくせがあるが、そのまま食べるもよし、豆やアボカドのペーストをのせるもよし、
野菜や肉を挟んで食べるのもよしと、なかなか応用が利き、食べ飽きることはなかった。
アンティグア発の日帰りツアーに参加したことがあった。アティトラン湖周辺の村3カ所を巡るというものだった。 早朝にホテルまで迎えに来てくれた小さなバンと、水しぶきが降りかかる船を乗り継いで訪れた村で、黒いトルティーヤを食べた。 グアテマラでは、黄色のとうもろこしの他に、白、赤、黒のものも栽培しており、その中でも黒いとうもろこしが一番甘いらしい。 その黒いとうもろこしから作ったトルティーヤは、たしかに甘かった。そしてもちもちしている。 色に憑りつかれていた私が、4色のとうもろこしの話と真っ黒なトルティーヤに興奮していると、ツアーガイドのおじさんが、 黒いトルティーヤに鮮やかな緑のワカモレ(アボカドペースト)をのせた料理をごちそうしてくれた。 その色の組み合わせも強烈にパンチが効いていたが、もちもちでふわっと甘いトルティーヤに、塩味が強いワカモレの組み合わせは最強だった。 間違いなく、ビールのお供になる。トルティーヤは組み合わせ次第で、主食にも、おやつにも、つまみにもなる万能な食べ物だった。
グアテマラの料理で欠かせないものがもうひとつある。スペイン語でポヨ、鶏肉だ。
先ほどのツアーガイドのおじさんが「これがグアテマラの伝統料理さ!」と言って注文してくれたのが、骨付きの鶏もも肉を焼いたものに、
フリホーレスという豆と香辛料の煮込みと、いんげん豆のペーストと、焼いたじゃがいもが添えられたものだった。
シンプルだが、炭火で焼かれたポヨは香ばしくてとても美味しかった。
彼らのポヨ愛は深い。空港内やアンティグアにもある、ポヨ・カンペーロというチェーン店は、
グアテマラで圧倒的支持を得ているフライドチキンの店だ。アメリカからケンタッキーが進出してきたときも、
浮気することなく一途にポヨ・カンペーロに通い続け、ケンタッキーはグアテマラ撤退を余儀なくされた、と聞いた。
そんなに美味しいのかと、アンティグアのポヨ・カンペーロに行ってみたものの、私にはケンタッキーとの違いは分からなかった。
ツアーガイドのおじさんにその違いを聞いておけばよかったと、今になって後悔している。
グアテマラの人々は底抜けに明るい。グアテマラだけでなく、ラテンの人は大抵明るいのかもしれない。
もしや、彼らがあんなに陽気なのは、見るものすべてがとにかくカラフルだからではないだろうか。
それとも、彼らが陽気だから、周りのものを派手にしていったのか。どちらにせよ、彼らは色と深い繋がりがあるようだ。
アティトラン湖周辺のある村で見たお墓が、衝撃的だった。十字架が見えなければ、墓地だとは気付かないだろう。
一見小屋と間違うくらい大きな墓石、ハート型や応援していたサッカークラブのエンブレム型の墓石。
それらが、ピンクや青、赤や緑などの思いつく限りの色で塗られていた。
マヤ系先住民の人は、自分が死ぬ前に、墓のデザインを家族に託すという。
残された者は、他の墓に負けないようにと、そのデザインに従い、墓を派手に飾り立てていく。
彼らにとって、派手なお墓を作ることが、最大の供養なのだそうだ。
グアテマラの人々は、色を食べ、色を身にまとい、色とともに生きていた。底抜けに明るく、どこまでも鮮やかに。
(食文化栄養学科 磯田ゼミ・ 4年 N.I./2015.02.18)